「仁義なき戦い」完結編(5作目)
での、広能と武田のやり取り、
私が20代の頃、
この作品を初めて観た時には、
正直、意味がよくわからなかった。
(この映画は、
主人公の自伝実話が元になっていますが、
ある程度、
映画用に脚色され改変されています)
お互いに敵対組織のトップで、
部下が大勢死んでるのに、
憎んでも憎みきれない間柄なのに、
最後まで(劇中では)個人的な絆が切れないまま、
だったという、
摩訶不思議な「大人の男同士」の関係が。
刑期を終えて地元広島へ戻ったら、
(自分の組の者に)殺される危険が高い、
と、
注意を促し助け舟を出す必要など本来なく、
そのまま部下に命を取らせればいいものを、
わざわざ単身で「敵である」広能に会いに行き、
救おうとする武田の心情、
人生経験を積んだ、
今なら、凄くよくわかる。
組織の論理と、個人的感情は別なのだ。
山守という狡猾極まる親分を信用するな、
という広能の忠告を無視し、
後々、
その忠告が正しかったと理解した武田、
その負い目も手伝った、
心理描写が、深々と刺さる。
群像劇としての「仁義なき戦い」
は、人間の心理描写が秀逸過ぎて、
やくざ映画の枠には到底収まりきれない、
日本の、
いや世界の映画史に残る名作中の名作
だと、私は確信しています。
・・・世界中で絶え間なく起きている戦争、
この映画には、その原因や構造、
そして「人間の業」が、
凝縮され表現されているのです。
PR