忍者ブログ

琥珀の残像

Home > 記事一覧

blade runner 2099??







SF映画マニア評価の最高位に君臨するブレードランナー。

まあ、私も異論はないかな。総合点で第一位だ。

たまに観たくなるわ。


ムード、ビジュアル、脚本、完璧・・・か?(笑)


マニアが考察しまくってる映画だから、

私ごときが詳述する気は今更ないけど、

(まあ個人の感想は自由なんだが、

私独自の感想なんて、この映画に関しては特にないからね。

似たような事、他で言い尽くされてるだろうし)


気まぐれでちょっと書いてみる。


デッカードが人造人間かどうか、は長年ずーっと論争の的だったね。

結論から言えば、どちらの解釈でも可。

デッカードが人間の場合、奴隷的な役目を背負った人造人間に哀れみを感じるし、

デッカードがレプリカントの場合には、

「人間どもにいいように使われて、お互い惨めにもほどがあるだろ」

的な解釈が成り立つ。

ロイがデッカードに対して、

「おまえら【人間】が想像も出来ないようなモノを見てきた」

というセリフがあるので、ロイはデッカードが最後まで人間だと思い込んでた、

との解釈が自然。レプリがレプリ殺して回らんだろうと。

じゃあ、あの感じの悪い監視役ガフの置いてった折り紙は何なんだよとなる。


つまり、制作途中で「設定を変えろ」みたいな横槍が上層部から入り、

それが気に食わなかったリドリー・スコット監督は、

秘かに後々作り変えられるようにしてたせいで、

解釈の混乱を生んだのでは、と私は思ってる。

だからその結果が、バージョン多過ぎになってるのよ。


(本当は一行で言い表せるようなテーマじゃないが)



私は個人的には初期の、デッカードが人間、の設定が好みかな。

その方が、

ロイ・バッティに最後に救われるシーンの意味と重みが違ってくる。



監督のリドリー・スコットは、

デッカードをレプリカントの設定にしたかったのだろうけど、

(監督の意向汲んだ版で、

デッカードが居眠り時に見た夢にユニコーンが出てくるのが証拠)


当時の映画会社上層部と主演のハリソンに・フォードに

「話がそれじゃ暗すぎるし酷過ぎる」

(従来のアメリカ映画は基本的にアンハッピーな内容を嫌う傾向があった。

今は何とも言えんが)

と反対されて、初期の一般公開版は、

デッカードは優秀だが生身の人間という設定にされた、

んじゃなかったっけ?

過去、

その類の識者による考察をいろんな雑誌で読んだ気はするんだが、

もう年でボケてきちゃってるんで笑、記憶が間違ってたらゴメン。


まあ、監督の意向版のデッカードは実はレプリカント、

にはちと無理がある気もする。

有名なラストのロイ・バッティとの対決シーンで、

ビルの壁から突き出てる鉄骨にぶら下がるシーンあるじゃん?

あれ、人造強化人間なら、自力で這い上がれるでしょう?

まあ、過酷な作業用のレプリに比べ、より人間と見分けのつかない高級版、

ネクサス7型、か8型(脱走レプリ共は、たしか6型)

みたいな設定だったかしらね、ド忘れしました、笑。


冒頭で、脱走レプリ一味のリオンの取り調べシーンで使われてる、

フォークト・カンプフ検査

(VKテスト。瞳孔の様子を見る嘘発見器の類)の機械さあ、

あれ、なんなん?って高校生の時の初見時から思ってたね。

なんで未来の器具にフイゴ?って、笑。まあ雰囲気雰囲気。

で、なんで被疑者が拳銃持ってるん?とか。まず身体検査しろよ、と。


あと、レプリの目玉職人ね。アレもかなり違和感あるし、

(無菌状態の為なら、あんなに極低温室の意味が・・・)

劇中に頻出するモニターの類が軒並みブラウン管、

ってのもいただけないが、

(カチャカチャと画面切り替えの遅さに時代を感じる、笑)

もうその辺になってくると、ただの難癖やね。

こまけーこたあいいんだよの世界。


2049についてはノーコメント、笑。

まあ別に、厳しいマニアからはボロカスなんだろうけど、

映画自体は言うほど酷くない。ただ、超名作ブレードランナーの続編、

というには、おこがましかったかな。別に作らなくても良かったかな程度。

無理やり褒めれば、

アナ・デ・アルマス、とかいうおネエチャン女優が超可愛かったな。


で、問題は2099。ファンメイドじゃなくて?ネトフリ?


いつどこでやってんのかもよく知らんけど、

なんだかなあ。。。別にもういいんじゃねえの。

元々さあ、ブレランって、

続編作るのに向いてる映画じゃないと思うんよ。

無理あんじゃね?


よほど時間の余裕出来たら観るかな。

いや、そんな時間あったら、本家観るわい。




PR